この間、ダチと話してて、どうもオルフェの黒田氏についての評価で、しっくりこないトコがあった…いや、おいら側の意見でね。どうも話してても、何か違うというか、見落としてる感じ、で。
おいらの黒田氏の評価は、長所としてクライマックスへのテンションの上げ方の手法が天才的なトコだと思ってる。特に、短編での見せ方は絶品のものも多い…とか、思ってるワケで。短所としては、全体の見せ方…ストーリとか構成も含めたものが、…どうもイマイチってトコ。言葉にすると、矛盾してる感じだけど、まあ一箇所だけ見ると素晴らしく、全体で見るとダメダメだって評価…だったんだけど、どうもしっくりしない。
まあ長所の方は、大体そんな感じって思ってるだけど、短所の方が、それだけでは説明できないバラつきが存在してると思うんだ、作品によってね。それは、一緒に組む監督や他のスタッフとの兼ね合いと思ってたんだけど、どうもそれだけではしっくりこない。
で、思ったのが、根本的においらが勘違いしていたのではないか、と。
そこで改めて導き出した短所は、作品の世界観の欠如だ。
黒田氏の作品は、そこに描かれているキャラなどは過不足無く動いている。氏がよく行うキャラ付けの手法の、そのキャラ独特の言い回しなども、わざとらしくも効果的に作用している。
しかし、他の凡庸な作品と比べても、氏の作品は、劇中に登場しない部分が見えてこないのだ、…全てとは言わんが、でもほとんどがね。
つまり、作品を描く時、無意識か意識的かは措いておいて、物語の基盤を作り、そこから世界を構築し、物語の部分を抜き出して作品にするというプロセスは無く、基盤を作った後、そのまま物語を用意、必要ならその周り世界も用意するという感じではないのかと思ったワケだ。要は、作品の熟成が成されていないって感じで。
しかし多かれ少なかれ、流石に全ての作品で、世界観の欠如はありえないし、そこは何かと考えてみたが、そこは他の要素から出してきたものを使っていた場合であり、その要素が持っていた世界観をそのまま転用出来ている場合ではないか、と。
例えば、ガンダム00では、実世界とリンクさせる事で、そのまま今の世の中という世界観も持ち込んだ。ガングレイブでは、マフィアモノをベースにすることで、そのままそれの世界観をもってこれた。おねがいティーチャーでは、逆に限られた閉じた狭い世界を描くことで作中の世界が全てとし、全体的な世界観というものが不要とした。リヴァイアスも同様だ。
基本、元ネタがある作品の脚本をする場合も、その元ネタの世界観の中で構成できるので、純粋に天才的な黒田脚本を堪能できる作品が多いように思える。但し、その世界観の拡張を迫られた天地無用!シリーズは、短所がモロに出ていて、氏が関わった以降は、はっきりいって微妙だった。
まあ、黒田脚本作品は評価するのが難しいと思っていたが、長所と短所を理解した上で見る分にはわかりやすいし、要らん期待もなく見れるようになる分、楽しく見れそうでいいかもね、いやガンダム00も含めて。